鳳仙寺の境内


開山から460年を迎える鳳仙寺ですが、現在の伽藍はそのほとんどが平成以後に建立されたものです。浜まで聴こえる大梵鐘や、本堂天井に描かれた雲龍図・鳳凰図など、数多くの見所があります。

鳳仙寺の歴史


天文年間(一五三二~五四)小平大閑斎を名乗りこの地に移った亘理要害十四世亘理宗隆の菩提を弔うため、二代目重隆によって建立されたのが、曹洞宗竜頭山鳳仙寺460年の歴史のはじまりです。

鳳仙寺の住職


当山十六世住職を務めるのは、現在28歳の内山太史和尚。地元山元町で生まれ育ち、高校卒業後すぐに三年間の修行へ。祖父である十五世大栄文則大和尚の跡を継ぎ2013年に住職を拝命。

鳳仙寺の建物

宮城県と福島県の県境、「東北の湘南」とも呼ばれる穏やかな気候と豊かな自然に囲まれた亘理郡山元町に鳳仙寺はあります。平成に入り当山十五世大栄文則大和尚の代には、境内のほぼすべての伽藍を建て直すという一大プロジェクトがスタート。平成元年に「庫裡」、平成6年には本堂前の「山門」、さらに翌年の平成7年には浜通りまでその音が響くようにとの願いが込められた「大梵鐘」が建立されました。平成13年には念願の「新本堂」が落慶を迎え、檀信徒の皆様の先祖への報恩の気持ちと子々孫々への思いが形となり、無事円成いたしました。
平成25年からは現在の太史住職のもと、より「開かれたお寺」をモットーに、駐車場や参道等の整備をすすめ、訪れた人々が日常の喧騒から離れ、心安らかに過ごせる境内を目指し日々精進しております。


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鳳仙寺の本堂

鳳仙寺のご本尊「釈迦牟尼佛像」

鳳仙寺の現在の本堂は平成13年に新たに建立されたもので、内陣中央にはそれ以前のご本尊であった「聖観世音菩薩像」に代わり「釈迦牟尼佛像」が祀られています。お釈迦様の両脇には、智慧を司る文殊菩薩(正面右・騎獅)と慈悲を司る普賢菩薩(正面左・乗象)が控え、さらにその外側にはそれぞれ伽藍の守護神である大権修理菩薩(内陣右側)と、中国禅宗の開祖である達磨大師(内陣左側)が安置されています。


縄文埋れ木の須弥段

ご本尊を安置している内陣中央の須弥段には、約三千五百年前の地層から出土したケヤキの埋もれ木が使われており、大変貴重なもので、当山の寺宝となっています。

天井画「雲龍」「鳳凰」

本堂両脇間の天井には、それぞれ山号と寺号でもある大きな雲龍と鳳凰が描かれており、法要が行われる本堂中央の天井には枠数12画の季節の花々が描かれています。
本堂の裏には鳳仙寺檀信徒各家のお位牌が祀られている「位牌堂」があり、その奥には当寺開山繍国逸憧大和尚から歴代の鳳仙寺住職のお位牌が祀られた「開山堂」があります。
境内伽藍はいつでも拝観可能ですので、お気軽にお問い合わせ、お立ち寄りください。


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鳳仙寺の歴史について

「鳳仙寺建立と小平大閑斎宗隆」

古くは縄文時代以前の古代から人々が生活を営んだとされるこの小平の地に、鳳仙寺が建立されたのは今から約460年前。亘理城を孫の元宗に譲り小平舘に隠退していた、小平大閑斎こと亘理要害十四世、亘理宗隆が弘治二年(1556年)に死去。その菩提を弔うために二代目重隆によって小平舘囲に建立されたのが、曹洞宗竜頭山鳳仙寺である。その後、慶長三年夏(1598年)豊臣秀吉の死去により伊達政宗が帰仙すると、政宗は小平三代目元成を召出し、三百石に取立られ仙台屋敷に住むよう命じた。

「鳳仙寺再興と開山繍国逸憧大和尚」

 一方寛永元年(1624年)になり創建以来68年が経ちさびれてしまった小平の鳳仙寺は、三代目元成によって再興される。この時、鳳仙寺開山(初代住職)となったのが、亘理伊達家の菩提寺、大雄寺の六世繍国逸憧和尚である。それから十三年後の寛永十三年(1636年)伊達政宗70才で死去の際、政宗の死を深く悼んだ元成は仙台屋敷にて殉死、享年61才であったという。

「小平家の絶家と始祖宗隆墳墓の地への移葬」

小平家四代元道以下十四代までは、仙台北山霊園真言宗大聖寺の墓地に埋葬されてあったが、十四代小平正雄が昭和三十六年に病死し、由緒ある小平家の直系は十四代をもって絶家となった。十三代小平元の長女であった御代(川井家に嫁す)も小平家の絶家を惜しみながら平成二年に急逝した。平成五年、御代の夫の川井観二は妻御代の遺志を継いで仙台北山霊園大聖侍墓地に埋葬してある四代以下十四代までの遺骨を、始祖宗隆の墳墓の地である鳳仙寺に移葬し、法名碑を建立し永代供養するものとした。

鳳仙寺の年表



1556年(弘治2年)
小平家初代宗隆死去 二代重隆により竜頭山鳳仙寺建立
1587年(天正15年) 二代小平重隆死去
1598年(慶長3年)  豊臣秀吉死去により伊達政宗帰仙 小平家仙台へ
1624年(寛永元年)  三代元成により亘理大雄寺六世繍国逸憧和尚に計らい鳳仙寺再興。
1633年(寛永10年)  当寺開山繍国逸憧大和尚遷化(11/23)
1636年(寛永13年)  伊達政宗70才で死去
1671年(寛文11年) 三世古岸宗言首座入寂(9/10)
1679年(延宝7年)  二世大圭文泰首座入寂(6/9)
1684年(貞享元年) 四世梅門紅春首座入寂(9/12)
1712年(正徳2年)  五世雪岩祖来上座入寂(12/3)
1713年(正徳3年)  六世徹眼自照上座入寂(10/9)
1820年(文政3年)  七世悟宗大轉和尚遷化(10/7)
1847年(弘化4年) 八世得法嶺文和尚遷化(2/10)
1856年(安政3年) 九世大暁勇禅首座入寂(11/18)
1868年(明治元年) 戊辰戦争
1872年(明治5年) 十一世泰嶽芳運大和尚遷化(2/18)
1874年(明治7年) 十世佛山篤法和尚遷化(2/18)
1877年(明治10年) 西南戦争
1892年(明治25年)   十二世泰庵覚道大和尚遷化(11/4)
1894年(明治27年)   日清戦争
1898年(明治31年)  常磐線全線開通
1904年(明治37年)  日露戦争
1907年(明治40年)  十三世雲山超龍大和尚遷化(10/28)
1912年(明治45年)  十四世閑嶽英雄大和尚住職拝命(5/25)
1914年(大正3年)  第一次世界大戦
1923年(大正12年)  関東大震災 
1931年(昭和6年)  満州事変 
1937年(昭和12年) 支那事変
1977年(昭和52年) 十五世大栄文則大和尚住職拝命(11/5)
1978年(昭和53年)
十四世閑嶽英雄大和尚遷化(8/7)
1989年(平成元年) 「庫裡」建立
1993年(平成5年) 仙台北山霊園より小平家四世以下十四世までの墓を鳳仙寺へ移葬
1994年(平成6年) 「山門」建立
1995年(平成7年) 「鐘楼堂」建立
2001年(平成13年) 「本堂」建立
2012年(平成24年) 十六世梅山太史和尚住職拝命(12/1
2013年(平成25年)  「参道」完成 
2015年(平成27年)  「永代供養塔」建立予定 

1994年建立「山門」
1995年建立「鐘楼堂」
2001年建立「本堂」
2013年建立「参道」

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鳳仙寺の住職

昭和62年12月27日生まれ
宮城県 山元町立坂元小・中学校卒
仙台東高等学校 普通科卒(吹奏楽部)

高校卒業後、18才で福島県 玉林山好国寺に入山
約二年半の修行を経て、21才で地元へ戻る

その後、仙台の専門学校へ進学し、イベント制作・舞台監督を学ぶ

平成23年3月11日
専門学校卒業を控え、春から副住職として勤めるため鳳仙寺庫裡への引っ越し準備中に、東日本大震災 被災。
直後から被災した墓地の復旧、地域の復興へ向け取り組む。

祖父である当山十五世坂野文則大和尚のもと、副住職として約二年間勤めた後、
平成25年より当山十六世住職を拝命。



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